
雨の日は、少し憂鬱です。
特に冬の雨の日は、手にあたる雨粒があまりに冷たくて
ずっと氷を指先に当てているように、痛くしびれて感覚が麻痺しますヽ(´Д`;)ノ
指先に血が回らなくなるので、
指先だけが壊死したような気持ちにさえなるのです:(;゙゚'ω゚'):
感覚をなくすと、ハンドルがしっかり持てなくて
自転車通勤者にとってはなんだか不安になってしまう、そんな憂鬱な雨の日です。
本当なら今日は仕事が終わってから
日光浴にのんびり陽の当たるところでまったりしようと思っていたのです。
ですが、生憎の雨です。
雨は特に嫌いではないのです。
雨はいろんなことを考えさせてくれます(*´∀`*)
例えば、凍りつくような冷たい雨を全身にでも浴びれば
全身の神経を麻痺させることができるのではないか?
もし、全身の神経が麻痺したとするのなら
それはどんな感じなのだろうか?
知ったことのない感覚を知るのは好きです。
ただ見えるだけ、ただ臭いを嗅ぐことができる、聞こえることができる
しかし感覚は感じない。
それはもしかしたら幽霊のような感覚なのかもしれない。
そう考えると少し、雨の日も楽しくなりますヽ(*´∀`)ノ
あまり物事を深くまで考えてしまうと、
ろくなことにはならないのですが、
そんなことを拾い上げては、想像を巡らすのはとても楽しいものです。
最近は宇宙の外側ついてよく考えます(n‘∀‘)η
ビックバンで広がり続けていると言われている宇宙。
しかし、それは膨張できるスペースがなければ広がれないのではないか?
学者の中では、宇宙の外は無だと言われています。
しかし、この世界に無なんて存在するのでしょうか?
無いという概念がないから、想像できないというのももちろんあるにはあるのですが、
無いことなんてあるのでしょうか?
無いというのは無いということです。
やっぱり、無いのです。
宇宙の外側がないのなら、やっぱり宇宙は広がらないのではないでしょうか?
あるから広がる。
あるということは、そういうことなのです。
ないのなら、全てがあるはずはないのです。
あるということは、あるということだと思うのです。
ものがあり、熱量があり、生物が生まれるのは
それに材料となる物質があるということ。
それならば、ないということは有りないのです。
生きてることこそ、
何よりもすごいファンタジーですよね(*´д`*)
あるということは、生まれたということで
生まれたということには始まりがあります。
どこから始まったなんて途方もなく
突き詰めて考え探したって
何度も終わって始まった一つの物語がこの世界には
数え切れないほどあります。
それの根本なんか探しようもない。
それこそ人類がそれを探そうとしたってきっと追いつかない。
しかし、あるものはある。
昔の人はそれを想像するのが楽しくて神話なんかを
書いたのかもしれませんね。
そしてこの世界で埋もれていく物語の一つが私であり、
その物語の一場面に今いて
会社のブログにこんなこと書いているんですから、
生きているってよくわかりませんね(;´Д`)?
写真は陽の光があまりに恋しくて天気のいい時の写真です。
この花になりたいです。
寒いとお腹の調子が悪くなります。
……いつもですが(;´Д`)
本当はこれを書いてる今でさえ
トイレに行きたくてたまらないのです。